PCの中のデータを整理していたら
何に使ったか記憶にない文章が出てきたので
せっかくだからブログに載せておこうと思います

タイトルは真心ブラザーズの名曲から
「いらだちの日々」としておきましょう



「いらだちの日々」

小学校、中学校とそんなに勉強に困らなかった僕は
何を勘違いしたのか、高校入学と同時にまったく授業を聞かなくなりました
そして暗黒の大学時代を経て、塾で働き始めます

今日はせっかくなので、僕が塾で働きはじめたきっかけをお話します
ダメなエピソード満載です


僕の高校時代の思い出といえば・・・
朝からジャンプを読んでいたら学校に遅刻をしたり
マンガ喫茶に行くために夏期講習をさぼったり
通学途中に読んでいた本が面白すぎて、途中で電車を降りて家に帰ったり
ワークは自分の表紙と他人の表紙を付替えて提出したり
廊下の端と端をゴールという設定にしてサッカーをしたり
サッカーは危ないからボクシングごっこに切り替えたり
隣の席の女の子に頼まれてラブレターを書いてみたり
授業中に弁当を食ってみたり
ファイナルファンタジーの略称が「ファイナル」か「ファイファン」かで議論したり
(時代の流れはFFに落ち着きましたね)
テストで賭けをして友人の頭をバリカンで刈ったり

・・・などなど、素敵な高校生活を送っていました
勉強?当然できませんでしたよ
高3スタート時のマーク模試は英語が68点(200点満点)でしたからね


決してグレていたわけではないですし、
いわゆる不良とは縁遠い真面目な子だったはずです。
なぜかこんな風になってしまいました。


それでもなんとか勉強して大学に入った僕は
ますます学校をさぼるようになります
ただ・・・楽しかった高校時代と違い
大学の日々は正直言って辛かったです


昼過ぎに起きれば、当然のように授業に間に合わない
仕事から帰ってきた家族に合わせる顔が無いから
逃げるように家を出て、マンガ喫茶へ
夕方になればバイトしていた塾へ行って授業
授業が終わったら朝まで麻雀
また昼過ぎに起きる。毎日がこの繰り返し


真綿で首を締められるとはまさにこのことかもしれません
自分の中でこのままではダメだということは分かるのですが
それでも大学に行こうとは思えないのです

せっかく入ったんだし・・・

親が高いお金を出してくれているんだし・・・

就職するにも大学くらい出ておかないと・・・

通った方が良い理由はいくらでも浮かんでくるのですが
結局最後まで行動には移せませんでした


当時は自分の中で大学をサボることに、
はっきりとした理由は見つかりませんでした

今ならなんとなくわかります

きっとあの頃の僕は自分の未来を決めるのが怖かったんです

僕は塾バイトの影響で、
教師になりたいと思い始めてました
でも教師なんて平凡の極みと思っていた僕は
教師になってしまうのが怖かったのです


あの頃は何もわかっていませんでした
まだ教師になると決めきれない、そんないらだちの日々でした



なんと!文章はここで途切れていました
でも、懐かしい話だったので一応載せておきます
不惑と呼ばれる40まであと5年
あと5年経ったら迷わなくなるんでしょうか(笑)
何を言っているのか?と思われるかもしれませんが

ブログを始めました

僕がではなくて

ここ3年くらいずっと髪を切ってもらっている美容室さんが

ついにブログを始めたんです

残念なことに岐阜県の可児市というところにある美容室なので

気軽に行くには遠すぎますが

もしあちらにお知り合いの方がいたらおすすめですよ

ここ数年の赤、青、黄色の僕の髪の毛は(青はないけど)

全てこのお店でやってもらっています

あと塾の入り口にある休校日掲示板もここで作ってもらってます

beauty+beastって名前です

美女と野獣って意味ですが、お店におじゃますれば納得の良い名前です

かわいさん、おおさわさんブログ更新がんばってくださいね~

ひびのさんも子育てがんばって~


珍しくお世話になっている美容室ブログの紹介でした
2009.09.17 まだ走れる
「まだ走れる」
これは性別や体力の問題じゃなく
あくまでも精神論だ
人が”もうダメだ”っていう限界ギリギリのラインなんて
こんなもんじゃない

こんなもんじゃないんだ

上達しないのはセンスが無いから
退いてしまうのは才能が無いから
あの人には あのチームにはかなわないから

人は目指していた何かを断念するとき
必ず理由をつける

ナゼかわかるか?

そのほうが楽だからだ

ダメならダメでいい

ただ自分の努力の足りなさを別の何かのせいにはするな


あひるの空 第181話「タイガーロックⅠ」より

ちょうど富士山に登る前にこの話を読んだおかげで
富士山に登っている間は頭ん中これでいっぱいでした

「まだ走れる」

この精神を持って生徒を指導していきたいです
さあがんばろうぜ!

中2は枕草子覚えて来いよ~
iPodに代表される各種のデジタルプレイヤー

これらのデジタルプレイヤーを利用すると

ポッドキャストと呼ばれるインターネットで配信されるラジオ番組を

無料でダウンロードして視聴することができます

僕がポッドキャストを利用するようになったのは昨年の秋ごろからだったと思います
(確認したら2008年10月でした)

最初はバナナマンが好きでバナナマンのポッドキャストを聞き始めました

一回あたりの放送時間は10分から60分程度で車の移動中に流しておく感じになります


聞き始めた頃はとにかく面白さに惹かれていて

3年分のポッドキャストをすべてききました

そこからおぎやはぎのポッドキャストも聞くようになったのですが

バナナマンと比べるとトークがゆるく(それが魅力だとは思いますが)

喝舌も少し悪いためさかのぼってまで聞こうとは思いませんでした

ここで一度ポッドキャスト熱は冷めてしまうのですが

春先から車での移動時間が増え、新しく伊集院光のポッドキャストを聞くようになりました

ここが僕にとって大きな転機でした

伊集院光のトークは妄想で勝手に話を広げ

無理やり聞き手をおかしな世界に連れていき、笑いを取るスタイルです

もちろん妄想と言ってもまったく理解不能までは行かず

明らかに変だけどギリギリわかるくらいの線で妄想話が展開されます

そして妄想内で別の妄想が連鎖して始まっていくことも多々あります

この話し方のスタイルが僕の授業内でのトーク手法と非常に合いました

このポッドキャストを聞くようになってから明らかに授業内で狙って笑いが取れるようになりました

またいまさらですが生徒の反応を見ながら話を展開する力がさらに増したように思います

伊集院光のポッドキャストを全部聞いた後

次にアンタッチャブルのポッドキャストも全部聞きました

冷静に聞いてみると売れているお笑い芸人のトークの質というのは非常に高いものがあります

同じ喋りを仕事している以上、そこには学ぶべきものが大量にあるのです

アンタッチャブルをすべて聞いた後、日経新聞のポッドキャストも興味本位で聞いてみましたが

こちらは前々だめでした

説明が下手、話がつまらない

これではまったく授業にとってプラスになりません

笑いがなくても、わかりやすさもなくっちゃだめでしょ!

授業で笑いをとってもとらなくても

やはりプロの技と言うものは参考になります

というわけで今日から爆笑問題のポッドキャストも聞き始めようと思います

バナナマン、伊集院、アンタッチャブルと同様におもしろく

また参考になるポッドキャストを期待しています
せっかくだから今回の富士登山のまとめもここでしておこう

勢いのあるうちに更新、更新


まずは同行してくれたふくしまT、さわむらTに感謝です

さわむらTの何気ない一言から始まった今回の富士登山

非常に貴重な経験ができました。

今回は一人じゃ本当にどうなっていたかわかりません

ありがとうございました


さらに登っている最中に脳内でずっと自分を奮い立たせていてくれたのが

前日に読んだマガジンの「あひるの空」

厳しい練習に音を上げた女子部員が監督に言います
「もう走れません」
それに対して監督が返した言葉は
「まだ走れる」


このエピソードがずっと頭の中に残っていました

自分が決めた限界の先に限界はあるはずです

今回もう登れないと思った7合目

宿泊を断られた山小屋から

次の山小屋まで歩くことができたことは

本当に貴重な経験でした



そして2日目に頂上まで登れた一番の原動力が

この日記です

僕は調子こいて富士山に登ってきます!と色々なところで書きまくりました

そのおかげで気軽に逃げずに最後までがんばれたと思います

やはり決意を人に言っておくことはがんばるためのコツのひとつですね

自分の足で登った富士山ですが

自分の力だけで登ったのではないとつくづく思いました



本当に貴重な経験ができました

これで多少のきついことは乗り切れそうです!
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20090725/CK200...

僕たちが富士山に登ったのが7月23日、24日

ちょうど同じ24日の午前中に一人の男性の遺体が見つかったそうです

彼は19日に富士山に登り、下山を始めたところで同僚と二人で行方不明になっていました

死因は凍死だったそうです

僕が無事に登頂を終え、8合目の赤岩山荘で休もうと中に入ると

そこで県警の山岳警備隊(?)の方3人と一緒になりました

遺体の捜索を終え、下山するタイミングで一緒になったのです

県警の方と山荘の方々と色々な話をしました

一番は登山道の危険性です

http://mainichi.jp/select/today/archive/news/2009/06/25/2...

これは今年から看板が統一されるって記事です

他の登山道はわかりませんが

僕が2004年に登った須走口に比べ、御殿場口は圧倒的に看板が少なくなっていました

これは非常に危険です

誰しもが昼に視界が良好な中登るのなら問題はありません

ただ今回の僕らのように夜間登る方も富士山には多くいます

やはり富士山から見る御来光はすばらしいものがあるからです

今年から設置された新しい看板

少しでもガスってしまえばこんな小さい看板すぐに見落としてしまいます

実際に僕たちも何度もコースから外れてしまいました

また看板の内容も問題です

富士山を登るにあたってよほどの熟練者でもない限り

山小屋の存在は不可欠です

ただ看板は頂上と5合目の方向が書いてあるだけで

僕たちが知りたい情報がまったく載っていません

「次の山小屋までどれくらいなのか?」

「所要時間は?」

「頂上までどれくらいの距離と時間がかかるのか?」

目安でかまわないのでこれらの情報が登山者には必要なのです

はっきり言いましょう

今回の僕らの登山に新しい看板はほとんど役に立ってくれませんでした

せめて夜間でも見つけやすい明るい色にするとか

もう少し高い位置に設置するとか

山小屋の看板を出す許可を与えるとか

安全面からの考慮がもう少しあっても良かったと思います

今回僕らは無事に登って降りてくることができました

富士登山で死ぬ確率なんて0.01%もないでしょう

今回の僕らのような過酷な環境下でも99%生きて帰れるでしょう

でも、それでも事故は起こるものです

そしてこの新しい看板が生存の確率を下げてしまっている部分はないでしょうか?

山小屋の方たちは昨年夜間点滅する看板を設置したそうです

ただし景観にそぐわないという理由で撤去されてしまったそうです

これは御殿場口という登山者が少ないコースだから特別なのかもしれません

でも富士山は見て楽しむだけではなく

登って楽しむ山でもあります

夏の登山シーズンだけでも

安全面の配慮がもっとあっても良いのではないでしょうか

少なくとも現場の方々はもっと安全に富士登山をしてほしいと考えています

最後は批判ばかりになってしまいましたが

本当に色々と考えさせられる富士登山でした

帰りは御殿場口特有の大砂走りを軽快に降り

日が暮れる前には5合目まで戻ってくることができました

これで個人的には2つのコースを制覇しました

また5年以内に今度は富士宮口から登ってみたいと思います
ちょっと間が空いてしまいましたが富士登山記の続きを書きます

高山病も少しは回復したので

さわむらTやふくしまTが起きてくるまで

同じ山小屋に泊まった方々といろいろお話をしました

一人で登ってきたおじさん(50才くらい?)と

二人で登ってきた同年代の人たちと話をしました

二人組みの方は北海道からフェリーで新潟まで来て

新潟から富士山まで車で来たそうです

さすが富士山

全日本スケールですね(意味不明)

この二人も昨晩は道に迷いながら

なんとかこの山小屋を目指して登ってきたそうです

聞いたらまったく同じような環境の中登ってきていて

とても親近感を覚えました

彼らや山小屋の方々としゃべっているうちに

さわむらTとふくしまTも起き出してきて

さらに天候も回復してきました

一人のおじさんは天候が回復してきたので頂上を目指すそうです

二人組はこのまま天候が悪くなる前に下山するそうです


僕たちはどうするべきか?


僕はもう決めていました

前日の夜から決めていたんです

このまま頂上を目指さずに下山することを!

ふくしまTが笑顔で聞いてきます


ふ「どうしますか?」

か「いやあ降りるでしょう」

ふ「まじっすか!?」

か「・・・え、登るの?」

言葉は多少違うかもしれませんが、会話内容はこんな感じです

ふくしまTとさわむらTは登る気まんまんです

確かにここまで(2900m)まで来たら頂上には登りたいでしょう

でも僕は前に登ったことがあるし

昨日みたいに足が痛くなったら・・・

足を引っ張ることになるし・・・

また天候が悪化するかもしれないし

登れない、というか登りたくない理由は数限りなく浮かんできましたが

二人のやる気に水を指すわけにも行かず

また昨日と比べれば圧倒的に状況が良くなっていることから

僕も登れるところまで登ってみることにしました!

午前11時に山小屋を出て

午後3時に同じ山小屋で合流する計画を立てました

これなら途中で引き返してもはぐれる可能性は少ないはずです

あれほど良かった天気はすぐに視界不良になりましたが

それでも暗闇の中を進むほどの恐怖はありません

20分ほど登ったところにある山小屋(赤岩八合館)で休憩をし

そのまま1時間半ほど登ったら頂上につきました!

昨晩のような足の痛みもなく、自分にしてもなかなかのペースで登ることができました

二人は剣が峰(頂上の噴火口の中でももっとも高い場所)を目指して進んだようですが

僕は先に降りることにしました

帰りは驚くほど早く1時間もたたずに赤岩八合館へ到着しました

僕はこの山小屋で色々な話を聞き

色々と考えさせられることになります


長くなってしまったのでここで切ります

おそらく後一回で終わりになるはず
前回の続きで富士登山記です


僕たちが山小屋で布団に入ってからも雨と風はさらに強まっているようでした

布団にくるまっていても肌寒いですが、それでもこんな天気の中、頂上を目指すよりましです

本当にこの山小屋に泊まれて良かったです

安心感の中眠りについたのですが、実は僕にはひとつだけ不安なことがありました。

それは高山病です

高山病:
高山では空気が地上と比べて薄いため、概ね2400m 以上の高山に登り酸欠状態に陥った場合に、さまざまな症状が現れる。 主な症状は、頭痛、吐気、眠気(めまい)である。他に、手足のむくみ、睡眠障害、運動失調などが現れることもある。



実は僕は前回の富士登山のときにひどい高山病にかかっているのです

まあ今回は大丈夫だろうと思って、眠りにつき、また目を覚まし、また眠りにつく

そんなことを繰り返しているうちに、始まりました

徐々に頭痛が襲ってきます

それと同時に軽い吐き気ももよおしてきます

高山病再発です。

睡眠中や休憩後は呼吸が浅くなるので、かかりやすいようです。

外ではまだ強い風と雨が吹き荒れています

いくら吐き気があると言っても、こんな中外のトイレまではいけません

応急処置として風船をふくらましながら、頭痛が引くのを待ち、眠りにつき、起きて頭痛に気づき、風船をふくらます・・・そんなことを何度も繰り返しているうちに外の風雨が弱まってきました

ちなみになぜ風船をふくらますのかというと

以前に泊まった山小屋で教えてもらった方法なのですが、高山病になる理由は酸素が足りないからです。

酸素が足りなくなる理由はしっかり酸素を吸えていないから、しっかり吸えないのはしっかり息を吐いていないから・・・つまり風船はふくらますことでしっかり息を吐き、酸素を吸い込みやすい状況を作ってやるための道具がゴム風船なのです

頭痛も少し引き、外の風雨が弱まったのでトイレで用を足し、布団に座って、これからどうするかをぼんやり考えていました

すると急に吐き気をもよおして、結局はいてしまいました。(山小屋の方が気づいてくれてビニール袋が間に合ってよかったです)いやあこれは油断しました。

でも吐いたら少し楽になってきました!せっかくなので周りの人と交流をしましょう!



長くなってきたので今日はここまでとします

さあ明日からいよいよ夏期講習ですね、塾生のみんなには富士山土産のお菓子を買ってきたので配っていきますね~
7月23日、24日の2日間にわたって

富士山に登ってきました!

コースは吉田口、富士宮口、須走口、御殿場口と4つある中から

もっとも過酷と呼ばれる御殿場口を選びました

御殿場口が過酷な理由としては大きく2つ

1:コースが長い

2:山小屋が少ない

実は以前に須走口から登ったことがあるのですが

須走口
2000m地点からスタート
登:5時間半
下:3時間半
山小屋:8つ?

御殿場口
1440m地点からスタート
登:7時間半
下:3時間
山小屋4つ(実際は3つ)

この山小屋が少ないというのが本当にきつかったです

僕たちが登りはじめたのが夕方6時

そのときの天候は晴れでした

1時間ほど登ったところで霧が出て、雨が降り始めます

3m先もみえないような暗闇と横殴りの雨の中を

お互いのヘッドライトの明かりだけを頼りに進んでいきます

5mも離れてしまえばヘッドライトも見えなくなる中

目的地となる7合目(3050m)まで山小屋はひとつもありません

これが御殿場口の最もきついところです

途中何度もコースから外れ、道を見失いかけながら

必死で山頂を目指しました

何度も心が折れそうになる中で

とにかく一歩ずつ足を出すことだけを考えて

雨と風の中を7合目の山小屋を目指しました

夜の10時過ぎくらいだったでしょうか?

ついに7合目の明かりが見え始めます

そのとき・・・というかもっと前から

僕の心の中では7合目でのリタイアを決めていました

歩き始めて少ししてから右足の付け根が痛くなってしまい

先行する2人と同じペースで歩くのがつらい状況だったのです

山小屋についたら「明日は2人で山頂を目指して」と言おう

そう考えながら7合目の山小屋(日の出館)へ着くと

先行していた一人が山小屋の前で待っています

わざわざ外で僕を待っていてくれたのではなく

宿泊を断られたというのです

僕も中に入って泊めてくれるようにお願いをするのですが

もう15分登れば次の山小屋があるからというばかりで

少しも泊めてくれる気配がありません

強くなるばかりの雨と風の中

仕方なく次の山小屋(わらじ館)を目指します

しばらく登ると次の山小屋がありました

・・・が、なぜか山小屋は営業していませんでした

絶望的な気持ちの中

3人で話し合いがもたれます

といっても、結論はひとつしかありません

次の山小屋まで行ってみる

これしか方法は無いのです

脳裏には富士山で遭難した人の話が浮かんできます

幸いなことに次の山小屋(砂走館)はすぐそこに明かりが見えています

必死でたどり着いた砂走り館で無事泊まることができました

全身びしょぬれの状態で寒さに凍えながら一日目の幕が閉じていきました
カテゴリーは迷いましたが【自己紹介】で書きます

実は蒼心塾では中途半端にならないように

中3は募集しない!とチラシにも書かせていただいたのですが

同様の理由で今年度いっぱいは

他塾で中3を担当しています
(だから水・土は藤岡の校舎を開けられません、すみません・・・)

昨日の土曜日も中3の授業だったんですが

そこで生徒に言われた一言

「先生は他の先生と違うんだって!」

授業後に僕にしゃべりかけてきました

何が違うのか?そもそもそれは誉めているのか?と思い聞き返したところ

「先生は私の中で島田紳介のポジションなんだって」

・・・・?これはまた大御所が出てきましたね

誉めている(らしい)雰囲気だけ伝わってきましたので良かったですが

今まで一度も言われたこともないし、今後も言われることはないでしょう

これから入塾してくる生徒たちは島田紳介はイメージしないほうが良いと思います

それでは今日はここまで